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December 05, 2005

英語ジジ

しばらくまえに、うちの両親がすんでいる家の近所におおきなスーパーができた。それでうちのチチはほぼ毎日やすみなくそこにいって、時間をつぶしてかえってくる、ということをしているらしい。時間をつぶすといっても、がんらい大変に社交的かつ陽気な男なので、あたりかまわずそのへんにいるにんげんをつかまえてぺらぺらとしゃべりたいことをしゃべって、そうやって時をすごしているらしい。毎日何時間もそういうことをしているとやがては仲間もできてきて、いまではそのスーパーの休憩スペースはうちのチチをふくむその一味(全員老人)の独占状態となっているらしい。迷惑だろうそれは。スーパーにとって、さらにはそこで休憩をしたいふつうのお客さんにとって、迷惑以外のなにものではないだろう、とたしなめたりもするのだが、チチはぜんぜん聞く耳をもたず、毎日毎日そこにでかけているようだ。この老人クラブにさいきん、いっぷうかわったジジが入会してきた、という話をきいた。英語を話すのだそうだ。いや、たんに英語が話せるという意味ではない。基本的にふだんから英語しかしゃべらないらしい。外人なのか、ときくとそうではなく、日本人だとチチはいう。日本語できないのか、ときくと、もちろん日本語はできる、という。じゃあなんで日本語をしゃべらないのか、ときくと、なんでなのかはオレだってそんなことはしらねえよ、という。こっちが日本語でしゃべっててもむこうは英語をいってくるからなにをいってるかわかんねえんだ、という。謎の英語ジジである。見た目日本人のジジに「○○さんこんにちは」と話しかけると「ヘッロ〜、ヘイユガ〜イズなんちゃらかんちゃら〜」とこたえてくる、ということであるらしい。おれはその状況をあたまのなかにおもいえがこうとしてみたが、どうにもうまく想像できない。これにはちょっと興味をいだいてしまったので、チチにその謎の英語ジジについてもっとくわしくきこうとおもい、いろいろとたずねるのだが、うちのチチもちょっととんちんかんなところがあって、うまく会話がすすまない。
「なんなのそのひと。なんで英語なの?」
「なんでだかはしんねえなあ。ところでおまえのすんでるとこ、古本屋あるか? 半額の古本屋」
「古本屋? そりゃあるけど。それよりそのひとはなんなんだよ。なんでふつうに日本語で話さないんだよ。それじゃだれとも話ができないじゃないか。それ、だれも注意してやんないの?」
「みんないってるよお、日本語話せって。でも英語なんだよなあ。なんでかなあ。それより古本屋、あるだろ、半額の」
「なんだそりゃあ。だって日本人なんだろ? 日本人のじいさんなんだろ? そんで毎日あそこのスーパーにきて、みんなにまじってひとりで英語しゃべってんの? わけわかんねえ」
「こないだテレビでみたんだけどなあ、おう、古本屋の。すげえなあれ、なんてんだっけなあ、名前わすれたけど、とにかく古本屋でなあ、もうかってるらしいぞあれ」
「そのひとっていままでなにやってたひとなの? 家でも英語でしゃべってんのかな」
「おまえ、名前しらねえか? 古本屋だ、古本屋。半額の」
なんていうか、うちのチチはそういうひとである。としをとってボケたとかいうわけではなく(そういうめんも多少はありますが)、むか〜しっからずっとそういうひとである。会話をするのが困難なひとなんである。チチにこれいじょう説明をもとめてもムダなので、ものはためしにハハのところにいって、謎の英語ジジについてなにかしらないかとたずねてみた。なかなかこのジジは有名ならしく、ハハもしっているという。なんでも、ハハのしりあいのおばさんで、コーラスサークルに入会しているひとがいて、そのサークルにこの英語ジジがさいきん入会してきて、あんのじょうみなさんからけむたがられているらしい。
「ああ、そうそう、あのひとねえ、近所に沢村さんていうひとがいてねえ、こないだ話をしたんだけど、沢村さんのはいってるコーラスのあつまりにはいってきて、そこでも英語しかしゃべんないんだって。おまえここはどこだ、日本だろ、日本にいるんだから日本語しゃべれっていってもちょっとしか日本語話さなくて、すぐにまた英語しゃべりだすんだって。もう、アッタマきちゃうのよ〜って沢村さんも怒ってたよ。なんであんなのつれてきたんだって」
「つれてきた?」
「そうよ〜、うちのだんながつれてっちゃったのよ〜」
「え? オヤジが?」
「そうそう、あのひとさいきん沢村さんのコーラスグループに入会してさあ。なにかんがえてんのかねえ、あのひとも。そんで、女ばっかり120人もいるグループで男はじぶんひとりでまずいとおもったんじゃないのかねえ、あそこのスーパーにあつまってくる不良老人をみんなつれてって入会させちゃうのよ。それであの英語のひともつれてっちゃったみたいでさあ、沢村さん怒ってるのよ。クリタさんはいいのよ、クリタさんはいいの、でもねえ、あのひとは困る、なんであんなひとをつれてきたんだって。そんでねえ、コーラスの練習したあとみんなでお食事するんだってね。こないだはサイゼリヤにいったらしいんだけど、そこでもひとりでワインなんかのんじゃって、ボクはワインがすきだからワインをのむっつってワインのんで、そのあと電卓をとりだしてピッピッピなんて計算しちゃって、ボクのぶんのおかねはこれだからって、じぶんのぶんしかおかねださないんだって。男なんだからみんなのぶん払うくらいの気持ちはないのかよって、沢村さん怒っててさあ、一時間よ一時間、一時間もなんだかんだと話しこんじゃったのよお、こないだ、沢村さんと」
よくわからないが、とにかく英語ジジはずいぶんときらわれているらしい。サイゼリヤでワインをのんで割り勘で勘定をはらっただけで怒られてしまうんだから、これは相当にきらわれているとしかいいようがない。そのへんはわかったのだが、肝心の英語ジジの正体についてはハハにきいてもやっぱりわからない。謎の英語ジジ。こんどおれもスーパーの老人クラブにちょっといってようすをみてこようかな、という気にすらなっているのであった。
●余談 英語ジジの話をきいたあと、ちょっと英語侍のことをおもいだしてしまった。25年くらいまえになにかの雑誌でちらっとよんだだけなのでくわしいことはもうすっかりわすれてしまったのだが、とにかく自称「英語侍」となのっているおっさんがいて、剣術武者修行中の侍みたいなかんじで、英語の他流試合とかそういうことをしてたらしい。どうやってたたかうのか、勝敗はどのへんでつけるのか、くわしいことはおぼえていないのだが、よのなかにはへんなひとがいるなあと感心して、それで「英語侍」のことはしつこくおぼえていて、そのことをおもいだしてしまいました。……もしかしてこの英語ジジがまさに英語侍そのひとだったりして。

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