さむくなってきたので冬用の靴をかうことにした。ネットでかうことにした。そんなに高い靴をかうつもりはないんだから、ネットでいい。さすがに靴っていうのはサイズがあわないときはガマンしてはきつづけるわけにはいかないが、たいてい大丈夫だろう。ほんとうにダメだったときは返品して交換してもらうしかないけど、でもまあ、たいてい大丈夫だよ。しらないけど。そりゃできるならじっさいにはいてみてからかうのがいちばんだけど、だからといってわざわざ靴屋までいくのはめんどうくさい。そして、めんどうくさいおもいをしていった靴屋で、気にいった靴がすぐにみつかるとはかぎらない。むしろ、たいていは、みつからない。靴屋を何軒もみてまわって、結局気にいるのがなくてあきらめてかえるか、気にいったわけではないんだがガマンしてかっちゃうかということになる。それだけのことで、移動をふくめればかるく三、四時間かかってしまう。それほどのテマヒマをかけて、けっきょくは手ぶらでかえってくるか、気にいらない靴をかってかえってくるか、そんなことになるくらいなら、ネットで買うほうがずっとてっとり早いし、気にいった靴がみつかる可能性だってずっと高い。なにしろ店から店への移動はほんの数秒だ。あっというまにものすごい数の靴をみくらべることができる。へたな鉄砲も数うちゃあたるっつってね。そのうち気にいったやつがみつかるだろう。こんなかんじでちかごろおれは、買い物はもっぱらネットですましちゃうことがおおかったりする。おれは24時間電源がはいりっぱなしの、ついでにネットに接続しっぱなしのパソコンのまえにすわりこんで検索をはじめた。ショップはすぐに何軒もみつかって、そのうちおれがイメージしていた靴とぴったりの靴がみつかったので、これをかうことにした。こんどはこの靴の商品名で検索して、取り扱っている店をさがす。数軒あって、値段を比較する。にたりよったりの値段がついているのだが、そのなかで一軒、ほかの店の1/2以下の値段でうっている店がある。「注文の多いネットショップ」というのがそのショップの名前だった。ふざけた名前だ。さいきんはじぶんのとこの店名をおぼえてもらおうとして、へんてこな名前をつける店がおおい。まあ店名がなんだろうとほしいモノが安く買えればいいわけで、おれはこの店で買い物をすることにした。初めての店なのでやりかたはわからないが、だいたいどこもおなじようなものだろう。目立つところにあるボタンをはいはい押してれば買えるはずだ。まずおれは、ほしい靴の画像のしたにある「買い物カゴへ」というボタンをクリックしてみた。画面が切り替わって、いきなり利用規約というやつになった。ものすごく細かい字でびっちりと、以下甲とするが以下乙とするに対して日本国の法律に基づいて契約が免責の賠償でどうしたこうしたと書いてある、いつものアレだ。こんなものにいちいちつきあっている義理はないのでマウスでぐいっといっきにスクロールしてページのいちばんしたを表示させる。「確認」というボタンがあったのでとうぜんクリックする。画面が切り替わって、またしても契約画面だ。さっきよりももっと細かい字でぐだぐだとかかれている。なんで二回もこんな画面がでてくるんだ? めんどうくさいなもう、とおれは舌打ちをしてよみとばし、こんども画面のいちばんしたまでスクロールする。「同意する」というボタンがあるのでクリックする。また画面が切り替わる。こんどは入力画面だ。名前、メールアドレス、もう一回メールアドレス、パスワード、もう一回パスワード、住所、電話番号、携帯電話番号、を入力させられる。ぱたぱたぱたぱた、とキーボードを叩いてぜんぶ入力する。いちばんしたの「登録する」というボタンをクリックする。画面が切り替わって、「栗田様、ご登録ありがとうございました!」というメッセージがでてくる。そのしたに、なにかおかしなことがかいてある。
「それでは、以下の簡単なアンケートにおこたえください。
・どうでもいいのだけれど、あなたは幸せですか
・あなたの両親はあなたをどんな人間だとおもっているとおもいますか
・または、あなたの身近なひとは、あなたをどんな人間だとおもっているとおもいますか
・そもそもあなたは、自分自身を何様だとおもっていますか
・そんなことでいいとおもっていますか
・ではもういちどききましょう。あなたは幸せですか」
なんじゃこりゃ? こんなけったいなアンケートはみたことがない。余計なお世話もいいところで、けんかをうっているようにさえみえる。もちろんこんな質問にこたえる必要はないので、いちばんしたにある「次に進む」というボタンをクリックする。画面が切り替わる。
「栗田様、そうではありません。このアンケートは、義務です。回答しなければいけないんです。質問に対する回答欄が空欄のままになっています。すべてを記入してから次にお進みください。
・どうでもいいのだけれど、あなたは幸せですか
・あなたの両親はあなたをどんな人間だとおもっているとおもいますか
・または、あなたの身近なひとは、あなたをどんな人間だとおもっているとおもいますか
・そもそもあなたは、自分自身を何様だとおもっていますか
・そんなことでいいとおもっていますか
・ではもういちどききましょう。あなたは幸せですか」
は? 義務? 義務ってなんだ? なんでそんな義務があるんだ? おれは靴が買いたかっただけだぞ? なんでそんなアンケートにこたえるのが義務なんだ? おれは代金を入金する。おまえは商品を送り届ける。それがすべてじゃないのか? なんだこのふざけた店は。いっそもうこの店での買い物はやめようかともおもったが、やっぱり他店の半額は魅力なのでもうすこしつきあってみる。アンケートにはこたえず、もういちどいちばんしたの「次に進む」をクリックしてみる。
「おまえもわからないやつだな、栗田。どうせおまえもあれだろ、さいしょの「利用規約」とそのつぎの「契約事項」をよみとばしたクチだろ? おまえ、あれちゃんとよまなかっただろ? あそこになあ、しっかりかいてあるんだよ。ちゃあんとかいてあるんだよ、「乙(おまえのことだ、栗田)はいかなるアンケートにも誠意をもって回答することとする」ってな、契約事項の第35条3項にな、そうやってかいてあるんだ。そのほかにもまあいろいろとあるんだけどね、ヒヒヒ、おまえ、あれに同意したよなあ。「同意する」のボタン、クリックしちゃったよなあ。おまけにそのあと、個人情報まで入力しちゃったよなあ。ヒヒヒ。こっちはもう、おまえの名前も住所も電話番号もわかってるんだからな、おい。そこのところをようくかんがてみるこった。なあ。こっちはその気になりゃあもう、なんだってできるんだぞ? わかってるか? なあ? 追い込みかけてやろうか? 職場に街宣車まわしてやろうか? 家に火ィつけるか? おい。そうしてほしいのかよ。おい。どうなんだ。な。よくかんがえてみるこった。だからもう、しょうがねえんだ。あきらめてちゃっちゃっとアンケートにこたえとけ。おれもあんまりめんどくせえことはいいたくねえんだ。おまえだってききたくねえだろ? こうやってまだ、紳士的に話しあいで解決できるうちに解決しようじゃねえか、なあ。わかったか。じゃ、まずはアンケートだ。ここでおまえの誠意ってやつをみせてもらおうじゃねえか。オラ。
・どうでもいいのだけれど、あなたは幸せですか
・あなたの両親はあなたをどんな人間だとおもっているとおもいますか
・または、あなたの身近なひとは、あなたをどんな人間だとおもっているとおもいますか
・そもそもあなたは、自分自身を何様だとおもっていますか
・そんなことでいいとおもっていますか
・ではもういちどききましょう。あなたは幸せですか」
………。な、なんだか雲行きがおかしいんですけど。け、契約事項? たしかにそれはあったけど、たしかにそんなもんよまなかったけど、え、だってそれ、どういうこと? そんなのいままでよんだことないし、よまなくたっていちども問題はおきなかったし。なんだよそれ。紳士的に解決ってなんだよ。ななな、なにを解決するんだよ。ここは靴をうってくれるところじゃないのか? おれは靴をかおうとしただけじゃないのか? 架空請求とか、ワンクリとか、あれなの? もしかして、そういうやつなの? さすがにこれはちょっとびびってきたので、もういちど契約画面を確認しようと、ブラウザの「戻る」をクリックした。とたんに別ウィンドウがひらいて、「now loading」という表示が画面中央でブリンクしている。なんだ? なにをロードしてるんだ? あわててあちこちをクリックするのだが画面は消せない。どうにもならない。そうこうするうちにロードは完了し、フラッシュムービーがはじまった。ごていねいにトランス風の音楽までついていて、それにあわせて文字列が右からあらわれて左にきえ、中央からあらわれてズームアップして爆発し、炎がつぎの文字列に変化した。
「ネットショッピング。便利。ワンクリック。OK。便利。簡単。文明。楽勝。……だけど……。ちょっと待って。落とし穴。気をつけて。落とし穴。インターネットの普及と共に、ネット上での悪徳商法や詐欺などの犯罪行為が増加の一途をたどっています。面倒くさいからと契約内容を確認せずに個人情報を記入するのは危険です。自分の身は、自分で守ろう。copyright C 2005 ネット詐欺被害者友の会」
ネット詐欺被害者友の会……? なんだ? これはつまり、その会の啓蒙サイトかなんか、そういうやつだったの? 犯罪防止キャンペーンかなんか、そういうこと? ………。おれは買い物をする気力などすっかり消え失せて、画面のまえでつっぷした。フラッシュが自動的にリロードされて、またおなじ音楽と映像がはじまった。
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