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October 21, 2005

めしくおうよめし

一年ほどまえにプレステデビューをはたしたうちのヨメはさいきんドラクエに凝っていて、まいにちちまちまとドラクエをやっていたのだがとうとうそれがこうじてみずから旅にでてしまった。「ゾーマを倒しにいく」というヒトコトをのこして、アメリカだかなんだか、あっちのほうにいってしまった。べつにそれはかまわないのだがこまったのはごはんである。ごはんというのはいっぺんに三日ぶんとか一週間ぶんとかたべられないのが難点で、それができればどんなに便利だろうとおもうのだがどうにもそれはかなわなくて、どれほどおなかいっぱいにたべてもつぎの食事どきになればおなかがすく。そんなときにヨメがいればそっちのほうをむいて「ハ、ハラへった」とヘロヘロつぶやけばなにがしかの食べ物がでてくるので、天からふってくるみたいに食べ物が眼前に出現するので、これはもう一生こういうものであるかとはんぶん錯覚をおこしかけていたのだがもちろんそのようなことはなく、カベにむかってハラへったとつぶやいても天井にむかってハラへったとさけんでも鏡にむかってハラへったと語りかけてもヨメがそこにいなければ食べ物がでてくるわけはない。おもうにじんるいの歴史というのは食べ物の調達の歴史なのであって、とにかくいちにちに二度三度とやってくるこのハラヘリ状態をどうするか、どうやってやりすごしたらよいのかという大命題にわれわれのご先祖さまは数千年数万年ととりくんできたのであって、その血のにじむような努力の結果どうなったのかというと、べつにどうともなりはせず、いまだにじんるいはしばらくほっとくとハラがへる。で、けっきょくなにがいいたいのかというとつまりおれはまたしても「キミは自炊をするべきだ状態」におちいっているのであった。こんなときありがたいのはネット検索というやつで、ハラがへったらただちにグーグルにそのおもいのたけをぶつければなんとかしてくれる。いやもちろん「ハラへった」などと単刀直入にグーグルにうちこんでもダメっすよ。そんなのあたりまえだ。ポイントとなる言葉は、そう、「レシピ」。レとシとピ。つなげてレシピ。魔法の言葉レシピ。ドラクエにホイミ、ファイナルファンタジーにケアル、そしておれにレシピ。ってそういういいかたをするとほんとにレシピととなえればおなかいっぱいになってしまいそうだけどもちろんそんなことはなくて、いいかげん意味のないことをぐだぐだとつづっているのも飽きてきたんでこのへんで結論をのべますと、とにかくネットのレシピ検索は便利だという話です。たった一行ですむ話をなぜかこんなにひっぱってしまいました。ごめんなさい。なわけでまずさいしょにおとといの晩ごはん。
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冷蔵庫をあけて、使用するべき優先順位のたかそうな食材をチェックしてみると、まず、期限切れのタマゴが7個ある。意外とおれは賞味期限とか消費期限とかを気にするほうで、たとえば10月21日までとあったらなるたけ10月21日までにつかいきってしまいたいほうである。そのてんヨメはわりとおおらかで、「こんなん三日くらいすぎてたってしにゃ〜せんやろ」とかうそぶいて消費期限切れのたべものをくちにしているのをときどきみかける。たぶんおれもときどきそういうものをたべさせられているのだろう。たしかにまだしんではいないので、かまわないといえばかまわないのだが、希望としてはいちおう消費期限のくるまえに消費をしておきたいというめんはある。で、タマゴがすでに期限を二日すぎているので、さっそく消費することにしたのがおとといの晩ごはん。いちおう天津飯のつもりです。あまりそうみえないかもしれませんが、天津飯といったら天津飯なんです。かってきたのはカニ缶とネギ。天津飯というのはじつはこれまでもなんどかつくったことがあって、こういうのをひとは得意料理といったりするのかもしれないけど、じつをいえばマンネリというやつです。なかなかおいしかったとおもうんだけど、問題はカニ缶で、やっぱり、ひとりぶんには多すぎる。異常にカニの含有率のたかい天津飯であった。あと、すこしまえにナベものをやって白菜がけっこう残っていたので、これも消費しといたほうがよかろうと中華風のスープもつくってみた。タマネギとか長ネギとかキクラゲとかシイタケとかハルサメとかにんじんとかいれてみました。なかなか元気がでそうです。
つぎはきのうの晩ごはん。
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二日目ですでに挫折というかなんというか、かんがえるのがめんどくさくなったのでサンマ。サンマはラクでいいです。なにしろ焼けばいいんだから。そもそも料理の基本の知識というのがおれにはないので、なにしろけっこうなトシになるまでニンジンというのは皮をむいてたべるのだというのをしらなかったくらいなので、なにをつくるにしても根本的にまちがっている場合があるかもしれない。そういう危険性はつねにある。すごくまえになにかをつくろうとして、塩がなかったのでかわりに味の素をいれたんだけど、いれてもいれてもしょっぱっくならなくて、そのうちこんどはいれすぎてしまったらしくて、食べたらあとでキモチがわるくなってしまった。どうも致死量寸前までいれてしまったらしい。あぶない。そのころおれは味の素というのは塩の一種だとかんがえていた。あぶない。こういう、基本というか、基本以前のことがわかっていなかったりするので、まちがいなく現在でもそういうところは多々あるとおもわれるので、料理をするさいはつねに死の危険と隣り合わせになっているのだが、でもサンマは大丈夫だ。焼けばくえる。焼きが足りないのと、焼きすぎてまっくろになってしまったのはだめだけど、そこさえ気をつければたいてい大丈夫だ。安心、簡単、うまい。えらいぞサンマ。しかもことしのサンマはでかくてやすいらしい。78えんだって。すばらしいぞサンマ。右はダイコン。1/3くらいに切ったやつをうっていて、38えんだった。そのうちの半分をすりおろしたので、これは19えんぶんです。なんだかわらっちゃいますね。みそしるはトウフとナメコ。そういうのがたべたくなったのでかってきた。あとなぜかサツマイモがはいっている。なぜサツマイモかというと、なぜか冷蔵庫にあったから。しかしどうも煮すぎてしまったらしく、ぐずぐずになってしまった。味はべつにまずくはないがうまいというものでもない。結果論ですが、ナメコとサツマイモはとくに相性がよいわけでもないです。「結果論」ていう日本語はしかし、なんなのだろう。変だとおもいませんか? という話はどうでもよくて、やっぱりひとりぶんのごはんをつくるというのは、どうしても宿命的に食材の問題からはのがれられない。たとえばこれがぶたにくとかだったら冷凍しておくかという気にもなるけどナメコなんて、何度かにわけてつかおうなんていう気にはなれない。とりあえずひと袋ぶんぜんぶつかいきってしまう。そうすると、一杯のみそしるにはいくらなんだっておおすぎる。というわけで四杯ぶんくらいのみそしるができてしまった。こういうのがあるから、カレーライスとかなかなかつくる気になれないんだよね。
つぎはきょうのごはん。
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すまん。きょうの写真はわかりづらいです。いつもわかりづらいかもしれませんが、いよいよもってわかりづらいです。説明すると、これはニブタです。豚バラ煮込みというんですか。あれです。きのうスーパーでサンマをかってきたときに、ついでに豚バラブロックというのを購入して、煮ておいた。なんでかというと、おとといネギをかったわけである。天津飯をつくるために。このへんでネギといえば長ネギを意味するんだけど、あれは青いところはあまりつかわない気がする。でも、捨ててしまうのもなんとなくもったいないなあという気がして、ブタを煮ることにして、そのなかに投入してみた。われながらちょっとえらいなとおもう。期限切れのタマゴもちゃくちゃくと消費されつつある。えらい。そのへんはいいんだけど、しかしさすがに品数がすくなかったかもしれない。食べようとしてすこしわらってしまった。あとなにか二点くらい、ちょっとしたものがほしいところです。しかしその「ちょっとしたもの」というのが、ひとりの食卓には不経済だったりする。めんどくさいし。ひだりうえの小皿は梅干しなんだけど、こうして写真をならべてみるとまいにちすこしずつ減っていて、大活躍しているのが手にとるようにわかるのがたのしいですね。

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Comments

天津飯もニブタもとてもおいしそうです。

Posted by: 眠り猫 | October 22, 2005 10:54 AM

天津飯もニブタもとてもおいしそうです。

Posted by: 眠り猫 | October 22, 2005 10:54 AM

うまかったです。どうも。

Posted by: ぽいう | October 22, 2005 09:43 PM

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