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June 30, 2005

よく歌う特別な思い入れのある一曲

このじんせいにおいていままでいちばん歌ったことのある曲はたぶん、キングクリゾンのイージーマネーの前奏のコーラスのところです。歌うというか、くちずさんだ曲です。一年に300回くらいはくちずさみますので、十年で3000回になります。かれこれ三十年くらいこれをしてきましたので、9000回ほどくちずさんできました。これからさきさらに三十年いきるとして、あと9000回くらいはくちずさむ予定です。なんでそんなに回数を把握できるかというと、脱糞するたび歌ってるからです。脱糞ソングです。そんなソングのジャンルがあるのかどうかしりませんが、わたしにとってそういう歌です。唇に歌を。トイレットにペーパーを。そんな標語があるのかどうかしりませんが、ていうかあるわきゃないですが、とにかくトイレでいつも歌ってます。こんなにまで気持ちよくいきめる歌をわたしはほかにしりません。つまり、脱糞時に最適なんです。きいたことあるひとはわかるとおもうんですが、この歌の前奏のところで「ドゥイ〜〜プ・ドゥィダンダアン、ドゥドゥイ〜ダアン・バラダアン、ドゥッドゥ〜」というコーラスがあって、ここのところをエンドレスでいきみつつ歌うともう、もりもりと脱糞できてしまいます。高校生のときから便座にすわりこむときはいつも「ドゥイ〜〜プ・ドゥィダンダアン」と歌ってきました。そして、この曲のおかげなのでありましょう、これまで便秘しらずですごしてまいりました。うそだとおもうかたはぜひいちどおためしください。もりもり脱糞です。フリップ先生、いつもお世話になっております。イージーマネー。たいへんな名曲です。ありがとうございます。

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June 23, 2005

Musical Baton

下条さんの日記コーナーからMusical Batonという不幸の手紙みたいなののご指名をうけました。趣旨はじつはよくわかっていないのですが、なんにしてもやるしかありません。わたしは下条さんにさからえません。それでなくてもひとにヤセギスだかノギスだかいうしつれいなあだなをつけてよばわり、ギャハハハとかわらってるひとです。さからったらどんなとばっちりがあるか、わかったもんじゃありません。こころをこめて、ただちにおこたえします。

コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量 (Total volume of music files on my computer)
5.13ギガバイト。

今聞いている曲 (Song playing right now)
たぶん、ビーズの曲がかかっています(表題はしらない。もしかしたらビーズでもないのかもしれない)。どうでもいいですが、音楽CDってあんのじょうなんでもかんでもハードディスクにいれて、コンピューターにむかうときはアイチューンとかいうやつでてきとうにシャッフルさせてきいてるんですが、めちゃくちゃなことになっていてこまっています。とくにレンタルCDで青春なんだかいう年号べつにヒットした歌謡曲をあつめたシリーズをかりてきてつっこんだりしたのがまずかったらしく、なんていうか、ぐちゃぐちゃです。ドリームシアターのあと田原俊彦の恋はドゥーがかかったりとか、そのあとジャズジャマイカを経て少年隊のトゥナイヤイヤイヤイディヤーがきたりとか、なんだか気がくるいそうになります。わざとやっているのかアイチューン。

最後に買った CD (The last CD I bought)
Dry&HeavyていうバンドののFromCreationていうやつ。FromCreationていうバンドのDry&Heavyかもしれん。どっちがどっちなのかわからん。(…ってこないだかいたやつをペースト)
音楽DVDは松浦亜弥のライブが投げ売りされてたのをかいました。ふかく感銘をうけて、感銘のあまり血迷ってその日の日記に松浦亜弥を総理大臣にせよとまでかいたのですが、みなさんにスルーされました。

よく聞く、または特別な思い入れのある 5 曲 (Five songs (tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me)
5曲もいらぬ。ディープパープルのスモークオンザウォーター。これだけあれば一生もつ。

バトンを渡す 5 名 (Five people to whom I'm passing the baton)
ええと。…あれ? …はっ。そのようなひとはおらないことに気がついてしまいました。そんなにもともだちがいないのかぽいうっ。しかしそういうのもあれなので、とつぜんですが、おおくぼさんおねがいします。あ、しかとですか。そうですか。じゃあくたさんおねがいします。あ、きこえませんか、そうですか。じゃあ砕天さんおねがいします。あ、相手してもらえないすか。すいません。じゃあれふじさんおねがいします。あ、返事がありませんか、そうですか。じゃあふみえさんおねがいします。あ、よまれてませんか、そうですか。すいません、いろいろ努力してみたんですがだれもうけとってくれませんでした。

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June 19, 2005

にゅーぶら

 よのなかなにごとにつけて「結果」というのはそうなるにいたるまでのながい「みちのり」というか「過程」というのがその背後にかならずある。そしてその「過程」をしらずにいきなり「結果」だけをみせられるとなにがどうしてそういうことになってしまったのかさっぱりわからずただ呆然とするしかないときがある。たとえばおれが中学3年のある土曜日の午後、おれの家のヤネでピチローとみんなからよばれていた同級生が全裸でおどっていたことがある。夕日を背にうけたピチローはスッポンポンでヤネに立ち、腰に手をあてて尻をふっていた。運悪くたまたまそこへ帰宅したおれの母親がこのフルチンダンサーに気づいて玄関のところから見上げて「あんたなにやってんの?」と冷たく問いかけたわけだが、このときの我が母の心情がまさにそういうものであったろう。なにがどうなってそういうことになったのか、さっぱりわからなかったであろう。もちろんこの事態にも過程というのはあるのであって、ようするに二階のおれの部屋でみんなで花札やってて、それで大負けしたピチローが罰ゲームでスッポンポンにされて二階の窓からヤネにのぼらされただけという、じつに単純明快な話なのだが、たんに罰ゲームの結果だけみせられた母にはさっぱり事情がのみこめないのも無理はない。無理はないんだけど理由をきいてみれば「なあんだそういうことなのか」とわらってしまうようなことというのはよくある話で、つまりおれはなにがいいたいかというと、せんじつニョーボのブラジャーを装着して自宅のキッチンで冷やし中華をすすっていたら外出していたニョーボがかえってきてTシャツ姿のおれのムネが異様にふくらんでいるのに気がついて「あんたそのムネどうしたの?」と呆然とされてしまった。ニョーボもびっくりしたろうがこのときはおれも相当にびびった。たしかにこの結果だけをみせられたきみはおどろくかもしれない、それはわかる、だけど、こうなるにいたるにはそれ相応の過程というものがあるのであって、つまりあれだ、たのむ、おれの、おれの、おれの話をきけ〜になってしまった。そりゃふつうのブラジャーだったらおれも着用なんてしたりしない。おれがつけてたのはただのブラジャーではなくてヌーブラなのだ。ヌーブラというのはいぜんからかねがねおれはフにおちないとおもっていた。なんであれは落ちないのか? どうみたって万有引力の法則というか、重力というか、Gというものにさからっているようにみえる。にもかかわらず、なんで落ちないんだ? ふしぎだろうアレは。どうなってるんだ。という疑問がつねづねあって、たまたま洗濯を終えたニョーボのヌーブラが窓ぎわに干してあったので、ニョーボのルスをこれさいわいと身につけてみたわけである。つまりは好奇心なのだ。または探求心とでもいおうか。未知なるものの仕組みを解き明かしたいというその一心なのだ。そういう崇高な動機によってつきうごかされたおれは、窓ぎわでひらひらしているヌーブラをひとつ手にとり、Tシャツをまくりあげてペトっとムネにあててみたわけである。うわ。つ、つめてえっ。なんだこりゃ。うひ。うひひひひ。なんだかフシギな感触だな。くすぐってえぞ。うひ。あ、でもなんか、たしかにピトっと吸い付いてる。おりょ。落ちないよこれ。フンフンっ(上半身をゆさぶってみる)。うわ〜、くっついたまんまじゃん。すげえなこれ。をを。もう片方もつけてみよ。ぺた。ほほ〜。なんか、いいかんじじゃんこれ。ついでにホックもとめてみたりして。ぼち。ははは。おっぱいだおっぱい。おっぱいできちったよ。うはははは。オパ〜イ。ちょっと鏡にうつしてみよ。うりゃ。いや〜ん。あたし、おっぱいあるう。うふふ。ぱち(おっぱいを両手でもちあげつつ鏡にウインク)。すごおい。ちゃんとムネふくらんでるわ。すごいすご〜い。ヌーブラすご〜い。ほんとにくっついたままなんだねえ。動いても落ちないのかなあ。フンフンっ。あらやだ。ちょっとまって。あたしったら、おひげが生えてる。やだわ〜、こんなんじゃ女の子失格。そらなくちゃそらなくちゃ。ソリソリ。これでばっちりね。うふふ。じゃあちょっと、お掃除でもしてみようかな。ふっふっふ〜ん(ハナウタ)。ぶお〜(掃除機をかける音)。ちら(ムネのあたりをみおろす)。うふふふ、ぜんぜんびくともしないわ。うふ。あ、お布団もほしとこ。せっかくいい天気なんだし。よいしょっと。さっさとひっこし、さっさとひっこし、わかった?(ほした布団をたたくときにうたううた)ふう。ちょっとおなかすいちゃったな。冷蔵庫に冷やし中華があったわよね。あれ食べよっと。ふっふっふ〜ん。あらやだ。キュウリがないわ。まあ今回はキュウリなしでもいっか。ふっふっふ〜ん。できたっと。ずるずる。あ、おいし〜。やっぱシマダヤおいしい〜。うっふっふっふ〜ん。と、ごきげんで冷やし中華をたいらげているところにニョーボがかえってきたと、こういうわけなのであった。このころになるとおれも精神的にぶったるみきっていて、じぶんがろくでもない格好をしていることなどツユわすれ、ごく自然にムネのあたりをふくらましたまま冷やし中華をくっていたのだが、これをみたニョーボの不審そうなメツキによってハっとわれにかえった。や、やっべ〜。どうかんがえてもまずいよこれ。なんていってごまかしたらいいんだオイ。うええええええ。とタキのごとき冷や汗を噴出しつつ、いや、あ、あのさ、にゅ、にゅにゅにゅにゅ、ニューブラつけてみたんだけどねニューブラ、いや、ヌーブラ、これってほら、ふしぎじゃん、なんで落っこちないのかな〜とおもってためしにつけてみたんだよ、あは、あはは、とまったく余裕がなかったのでおれはうろたえつつそのまんまの、オチもなんもない説明をしたのだがニョーボはおれの話をさいごまできかぬまままた外出して、いまだかえってきません。もう二週間になります。どこいっちゃったんでしょうか。もしどこかでこれをみていたら、心配している、すぐに帰ってきてくれ。問題はすべて解決した。すぐ帰れ。というのはうそで、家出はされませんでしたがそのかわりすごく怒られました。あはははは。は〜。

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ししー

きょうは「リング2」というえいがをみてきたんですが、シシースペイセクがでてて、彼女にはなんとなく好感をいだいているので「うわ〜シシースペイセクだあ〜」とよろこんでいたんだけど、そのうちなんだかそのかおが、どこかでみおぼえがあるような気がしてきた。けっこう個性的なかおだちなんだけど、でもたしかになんか、どこかでみたことがある。だれににてるんだろう、とかんがえて、はっと気がついた。さいきんのマイケルジャクソンににているのだ。とくにあのハナの下あたりのチカラのなさというか、へたれ具合がもう、うりふたつである。ちかごろのマイケルの顔はどうも方向性が意味不明で、いったいなにをめざしているのかとおもっていたのだが、そうか〜、シシースペイセクをめざしていたのか〜、とひとりで納得してました。「キャリー」のリメイクはマイケルでどうですか。

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June 18, 2005

モ゛エ〜

 萌えというのはもう基本的に日本全国だれもがしっている言葉なのだと勝手にしんじこんでいるわけだが、いやさすがにおれの親戚の80過ぎてまだハタケやってるバーチャンとかはしるわきゃないだろうけどね、でも基本的にみんなしってる言葉だろうとおもっていたのだがそういうものでもないらしい。せんじつ、平日の午後にファミレスへいったら、奥さん連中がその一角を占拠してしゃべくりあっていた。どうでもいいけどこういう集団はものすごくしょっちゅうみかける。奥さんがたの昼食会というのはそこらじゅうでまいにちあって、さらにファミレスというのはドリンクバーがあるので、あれでお茶をのみつつえんえんとしゃべっているみたいである。主婦というのはいい商売だなあとちょっとうらやましくなったりなんかする。で、せんじつファミレスへいったら三十歳くらいの奥さんがたが五人ほどいて、たぶんもうおひるごはんは終えたのだろう、お茶をしながら仲良くおしゃべりをしていた。
「モエってしってる?」
「え?」
「なになに」
「モエ」
「わたしはしってるけど…」
「しらない。なにそれ」
「そういう言葉があるらしいんだ」
「なんのこと?」
「ダンナがしっててねえ、きいたら、『かわいい』とかそういう意味だっていってた」
「へえ」
「なんかねえ、『モ゛エ〜』っていうんだって、『モ゛エ〜』って」
(注 この『モ゛エ〜』というのはサカリのついた牛の鳴き声のようでした)
「へえ、『モ゛エ〜』、ねえ」
「うん。『モ゛エ〜』。オタクのひとらの間ではものすごくはやってるんだって」
「いや、はやってるんじゃなくてあれはもう定着してるんじゃ…」
「ゴールデンタイムでやっててねえ、なにかわからなくてダンナにきいたらしってた」
「ふうん」
「じゃあウチのダンナもしってるかな」
「ウチはしらなそうだなあ」
「あ、ウチはしってるかも、夜中にアニメとか録画してるから」
「あ、それはきっとご存じですよ…」
「東京に出張したとき秋葉原にかならずよってるし」
「まちがいないです…」
「あれ、なにしてくるのかしらねえ? いつもかならずいってるみたい」
「そういえばデンキ屋っていっつも混んでるよね、ヤマダデンキとか」
「いや、秋葉原はデンキ屋というか…」
「そうそう、みんななにしにきてるのかしらねえ」
(以下、萌えの話題は終わってデンキ屋の話題へ)
 というわけで、無作為に抽出した茨城県南地方の主婦五名でたしかめたところ、萌えをきちんと理解してるらしいひとはひとり(たぶんあのひとだけは完璧にわかってたとおもう)で、つまり20%しか浸透しておりませんでした。
 諸君、われわれはまだ努力が足りんぞ。

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June 17, 2005

吉宗

裏BBSというものがある。裏というとなにか悪の香りがしてイメージがよくないのだが、限られたメンバーで、そのことを証明するためにパスワードをうちこんでからはいっていくBBSというのがある。現代文明社会というのはおそろしいなあとおもうのは、ときとしてこの裏ボードがつないだだけでモニターから妖気がたちのぼってくるような、凶悪なボードになってっちゃう場合があることである。無関係のものがのぞけないという安心感から、内緒話やちょっとやばい話なんかもそこではできるからだ。一例をあげよう。ここになんの罪もないひとりの男がいた。…ないのかな。まあともかく、ひとりの男がいた。なまえを仮に吉宗とする。吉宗はあるBBSにではいりをし、なにをおもったのかそこでかたっぱしから女の子をくどいていた。くどきくどかれることに特化したボードならべつにいいのだが、そこはそういうボードではなかった。にもかかわらず吉宗はそこで手当たりしだいにメンバーの女の子をくどいていた。もちろんボード上であからさまにあっちにもこっちにも愛のコトバをささやくなんてことはせず、他のメンバーには内緒で、かげでこっそりと、どこからともなく入手してきた女の子のメールアドレスにメールを送りつけてたぶらかしていた。当人はうまくやっているつもりだったのだろうが、そのボードには吉宗のしらない裏ボードがあり、そこでぽろっとその話題がでてしまった。だれかが「こないだ吉宗がAさんをくどいてたよ」とかいた。するとだれかが「え、そのまえはBさんをくどいてたよね」とかえし、さらには「おれはCさんをくどいてたってきいたけど」「さいきんDさんをくどいてたのはしってる」みたいになって、あとからあとからでてくるわでてくるわ、けっきょく「えっ、これってつまり、ぜんぶくどいてるじゃんっっ」という話になってしまった。吉宗としてはうまくコトをはこんでいるつもりだったのだろうが、なにかをすればそこに多少のケムリがたちのぼってしまうのはしかたのないことであり、吉宗はあちこちでそのケムリをたてている状態にあった。彼にとって不幸だったのは、そこに裏ボードというものが存在し、それらのケムリが一カ所に集中的にあつめられ、いっぺんに大火事になってしまったことである。これがオフィスの給湯室だとか居酒屋のカウンターとかでのヒソヒソ話ならその場だけですんでいたのだろうが、そこは現代文明社会のBBSである。各自が情報をひとつところにもちよって全員の情報として共有することができる。すきなときに閲覧できる。総合的に判断できるうえ、検索までできてしまう。おそろしい世の中である。さらに吉宗にとって不幸だったのは、その裏ボードのメンバーに、ついさいきん吉宗にくどかれたばかりの女の子がいて、その独占手記を発表されてしまったことである。またこの手記というやつが相当によませる文章で、ビにいりサイにわたって吉宗の芝居がかったくさいセリフだとか仕草だとかが克明に記述されていて、なかでもとくにすばらしかったのは吉宗が彼女を秘宝館につれていったくだりである。ヒホーカンだヒホーカン。いったい二十歳くらいの女の子を初デートにさそっていきなり秘宝館につれてくバカがどこにいる? それこそ「お〜ま〜え〜は〜あ〜ほ〜か〜」とノコギリで歌ってきかせてやりたくなる。ここまでくるとメンバーはあきれるを通り越してかえって吉宗に感謝したくなった。娯楽をありがとう、とかれらはモニターのまえで随喜の涙をながす以外に、なすすべはなかったのであった。吉宗という男はどうも、エンターテインメントというものの神髄を理解していたようである。ここにいたってかれらは、吉宗にもう誹謗とか中傷とかはあびせられなかった。賞賛するしかない。そのあまりのバカさ加減に、ほめてやるしかこれはもう、ない。そうしてかれらは非常識モノというのは、その非常識道をとことん追求すると最終的にはスターのなかのスター、スーパースターになるのだとさとったのだった。けっして表面化することのない、裏のスーパースターがまたひとり、ここに誕生したのであった。そんなの誕生させてる場合じゃないんだけど。ていうか、こういうことがおこりえてしまうのだからネットというのもけっこうこわい面があると、それはつくづくおもいました。もしかしたらじぶんもどこかでスーパースターになってるかもしれない。その可能性はだれにも否定できない。そうかんがえると、やっぱりちょっとこわいよね。みなさんマナーをまもってたのしいネットじんせいをすごしましょう。この話のけつろんです。あと、なんかやけに具体的なところがあったりしますが、これはもちろんたとえ話であって、おれが勝手に想像した話なのであって、そこのところはくれぐれも誤解のなきようよそりくおめがいしなうs。あ。よろしくおねがします。

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June 15, 2005

たまにはブログらしく

●さいきんショックをうけたこと
駅まえのミスタードーナツでシナモンをうるのをやめていたこと。
「シナモンはないって」
「え、ないの? うりきれ?」
「もう、メニューにないんだって」
「え?」
「うってないんだって」
「それはつまり、まさか、もうやってないってこと?」
「うん」
「そんな…」
「なにかべつのにする?」
「べつのって」
「べつのドーナツ」
「シナモン以外になにかあるのか?」
「たくさんあるよ」
「ないね。シナモン以外はみんなネコのくそだ」
「あのねえ」
「さもなきゃみみずの死骸だ」
「だから」
「いいやそれ以下だ。地球滅亡を具体化したオブジェだ」
というような会話をツマとかわしてしまった。じっさいシナモンをやめてしまったらもうミスタードーナツに意味はないとおもう。
●さいきん興味のあること
加藤九段二度指しの件。将棋の話なんだけど、加藤九段ていう個性的な棋士がいて、このひとが銀河戦ていうテレビ中継のある棋戦で二度指しをやっちゃってもめてます。おれは加藤ファンなので、コトの推移を興味ぶかくみまもっています。ていうか、たんじゅんにたのしい。じぶんになんの影響のないもめごとをハタからみてるのってけっこうたのしい。
●さいきんハマってる音楽
なんだろう。うかばん。いちばんさいきんかったCDはDry&HeavyていうバンドののFromCreationていうやつ。FromCreationていうバンドのDry&Heavyかもしれん。どっちがどっちなのかわからん。服屋にいったら店内でかかっていて、かっこよかったのでCDジャケットを記憶してアマゾンで注文した。くるまのなかできいてる。
●さいきんかった服
赤いTシャツ。…ものすごく「だからなんだ?」といわれそうなことですが、いちおうしるしてみました。だいたい「だからなんだ?」とかいわれちゃったらそもそもブログってなりたたなくなるとおもわないか?
●さいきんおもしろかったマンガ
尾上龍太郎の「モッちゃん」はけっさくだ。スロットのマンガなんだけど。で、この尾上龍太郎がパチンコマンガのほうでエヴァンゲリオンを題材にしたマンガをかいてて、これがめちゃくちゃおもしろかった。
●さいきんよくやるスロット
鬼武者。世間の評判はさほどかんばしくないがおれはすき。おおげさにあたるのがたまらんです。ゲームのほうもかってきたんだけど、こっちは30分くらいやってほったらかした。
●さいきんおどろいたこと
きょうスーパーで野菜ジュースを安売りしていたのでためしにかってきてのんだらまずかった。衝撃的なまずさだった。ここ数年「まずいもの」というのをくちにしたおぼえがほとんどないのだが(けっこうおれはなにをくってもなにをのんでもうまがるおとこだとおもう)、いまでもこの日本にまずいモノをつくってうっているメーカーがあるんだなあとおどろいた。
●さいきんのくちなおし
くちなおしにアイスクリームがたべたくなり31へいったらキャンペーン中で、ダブルをたのむとトリプルにしてくれるというのでとうぜんそれを所望した。アイスを3つたべた。
●さいきんかかった病気
いまゲリしてます。ひっで〜ゲリです。からだの中身がぜんぶ流れ出てしまうかとおもうくらいです。すくなくとも脳ミソは半分くらいはでてったようにおもいます。おまけに、ちくしょう、ケツがいたくてねれやしねえ。ウウ。なんのバチなんだこれは。

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June 13, 2005

スライム

こんばんは。生活お役立ち情報ブログぽいうです。こんやもお役立ち情報をご紹介します。まず画像をごらんください。

スライムです。コンビニでついふらふらとかってしまいました。このほかにもドラキーだとか爆弾岩だとかがあって、箱入りなのでかってあけてみるまでは中身がなんなのかわからないというアレです。あけてみたらスライムでした。お、スライムか、とおもって、ふつうならそれでおわりなのですがきょうにかぎってはなぜか血のめぐりがよく、おもいついたことがありました。こんなふうにしてみたらどうか、と。

げ。なんだこりゃ。なんだかわからないかもしれませんが、蛍光灯のヒモにぶらさげてみたところです。そうみえませんか。みえないひとはみえるまでじっとみてください。こころの目でみつめてください。きっとみえてくるはずです。蛍光灯のヒモにぶらさげられたスライムが。撮影技術に言及してはいけません。にんげんとしての最低限のマナーです。わかってます。いわれなくてもわかってます。それはみとめます。ですのでそこは読者の心眼でホローしなくてはいけません。よろしいですね。よくみてください。みろっつうの。たしかにヒモにぶらさがってるだろスライムが。これがほんじつの役立ち情報です。蛍光灯のヒモになにかをぶらさげるのって、よくやりますね。ヒモをひっぱりやすくするために。いろんなものをみなさんぶらさげてるかとおもいますが、このスライムはいいよ。ひもにスライム。諺にしたいほどです。なんていうか、たなごころにおさまるフィット感が、このためにつくられたとしかおもえんくらいで、

もう一生これをにぎっていたくなります。なにかをにぎってそんなふうにおもうのはみずからのチンチン以来です。デンキをつけたりけしたりするだけでこの快感がいつもあじわえるなんて、うまれてきてよかった。そうやって天に感謝してしまうくらいのここちよさです。ほんとぴったりなので、みなさんぜひためしてみてくださいね。生活役立ち情報ブログぽいうでした。ではしつれいします。メラ。

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ぽよよん

せんじつ居間で本をよんでいたらツマの歌がかすかにきこえてくる。耳慣れない、しかしなにか気になる歌だ。なんだろうとそっちをみると、ツマはうつむいていて「ぽよよ〜ん、ぽよよ〜ん」と小声で歌いながら、ゆびさきでワキバラをつついている。弾力でゆびがおしかえされてくるのがたのしいみたいで、なんどもなんどもワキバラをつついては「ぽよよ〜ん、ぽよよ〜ん」と歌っている。完全にじぶんひとりの世界である。そのあまりの自爆的行為におれはなにもすることができず、ただみまもるだけだった。ああ神様、彼女をおゆるしください、彼女はいま、じぶんがなにをしているのかわかっていないのです、と彼女のために神に祈るくらいがおれにできる精一杯のことだった。そのうちツマはおれの視線に気づいたらしく、はっとしてこっちにむきなおり、きっとにらみつけそれから「ジブン、わかってるやろな」とくぐもった声で脅迫をしてきた。なにがわかっているというのであろうか。「いまのはみなかったことにする。そのことわかってるやろな」か。「わたしのワキバラはほんとはそんなにたるんでない。ないったらない。それくらいわかってるやろな」なのか。それともたんに「ひとことでもなにかくちをきいたらコロス」であろうか。おれにはわからない。でもたぶん、そういったことぜんぶをひっくるめて、あらゆる可能性をぜんぶひっくるめたうえでの「わかってるだろうな」だと自主的に理解して、「うん」とこたえておれは読書にもどったのだった。われながらほんとによく出来たいいオットだとおもう。

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June 11, 2005

AC/DC

 すこしまえに茨城県南ローカルなテレビをみていたら土浦の祭中継かなにかで、高校生くらいの男の子たちが路上のステージでバンド演奏している映像がでてきて、エクストリームの曲をやっていたので感心してしまった。エクストリームってあんまりよくしらないけど、たぶんコピーするのはけっこうむずかしいとおもう。とくにあのギターは、おれなんかにはもはや謎なところでひいている。あのリズム感がもう、どうなっちゃっているのか完全に謎である。高校生がああいうのをコピーしようとするんだからえらいです。たんにむこうみずなだけというみかたもありますけど。そのてんおれが高校生くらいのころというのはレッドツェッペリンだとかディープパープルだとか、世界は単純でよかったなあとおもう。まれにクイーンとかに手をだして煮え湯をのまされてる連中もいたりしたけど、そのへんの選曲さえまちがえなければまず楽勝である。とくにベーシストには楽勝で、ピンクフロイドなんてもう、足でやったってできるつうくらいのもんである。それはいいすぎか。まあとにかく簡単明瞭です。コピーの選曲については、とうぜんバンドのメンバーが合議をしてきめるのが一般的なわけだけど、ときどきこまってしまうことがある。まず、だれかが「オレはどうしてもこれがやりたいんだ」といいだして、その曲が気にいらない場合というのがある。でも、じぶんだって「オレはどうしてもこれがやりたいんだ」と主張してみんなに協力してもらうこともあるので、そこはお互い様なので、しょうしょう気にいらなくてもやるしかない。それが簡単な曲だったらいいんだけど、たいていはそのぎゃくで、たとえば構成がやたらと複雑でおぼえるのがめんどくさいとか、あるいはおかしなクセがあってコピーするのが困難だとか、やたらと手がつかれるリフをえんえんとやらされるとか、単純にテクニック的におれのできないことをやられているとか、いろいろとこまらされることはおおい。すきな曲ならそういうのもがまんできるけど、気にいらない曲だとこういうのはコピーしていてだんだんと選曲したやつをうらみたくなってくる。でもそういうのはじつはまだましで、おぼえられなかったらおぼえるまでやればいいんだし、できなかったらできるまでやればいいんだし、どうしてもできなかったらごまかす手法をあみだせばすむわけで、そういうのはまだいいのであって、いちばんやっかいなのは、やっていてつまらない曲をもってこられたときだ。きいていて楽しい曲とかつまらない曲とかいうのとはべつに、演奏していて楽しい曲とそうじゃない曲というのがある。けっこうこれはふしぎなもので、きいていてすきな曲でも、やってみるとものすごくつまらない曲というのがある。つまんない曲をやるというのはなかなかの苦痛である。そういう曲ばかり選曲してくるやつがいると、だんだんと不信感がつのってきて、やがてはけんかにもなる。音楽性がどうこうとか方向性がどうこうとか、かっこつけていうとそういうことなんですが、まあ、気のあうバンド仲間をみつけるのはなかなかたいへんですね、という話です。で、やっていて楽しい曲はあるのかというと、これはもちろんある。ていうか、音楽っていうのはだいたいやってて楽しいものだ。あたりまえだ。そのなかに、きいてて退屈な曲でも、やってみるとびっくりするほど楽しい曲というのがある。意外とたくさんある。個人的にそういうのでびっくりしたのはなんといってもAC/DCです。もう、楽しいどころじゃない。すいこまれていくのだ。どこまでも。トランスしちゃうのだ。「なんだこれは?」ととまどってしまうくらいどこまでもつれていかれてしまう。バンド演奏っていうのは、なんていうか、やっているとふしぎなことになってしまう曲というのがある。たしかにあるんです。そういう曲のヒット率のたかさでいうと、おれにはAC/DCがいちばんでした。どれもこれもやってみるとふしぎなことになってしまう曲ばかり。しかもコード進行は全曲おなじなので1曲コピーすればぜんぶできる。ありがたすぎるぜアンガス。こういうのってきいてるだけだとなかなかわからなくて、やってみないとわからないめんがあるので、機会があったらぜひいちどおためしください。たいていそんな機会はありませんが。

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June 10, 2005

基本

1日に1600回も無言電話をかけたりした女性が逮捕されましたが、あんのじょう黙秘しているそうです。無言電話のひとが黙秘するのは、これは基本なのでしょうか。大人は質問に答えたりはしない、それが基本だ、ていうやつでしょうか。

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June 07, 2005

ザック

 せんじつザックワイルドのライブのDVDをレンタルビデオ屋でかりてきたら中身がぜんぜんちがうひとだったという衝撃の体験をしてしまった。こっちとしてはもうザックワイルドのつもりで肉体的にも精神的にも準備万端ととのえたところでえいやとプレイヤーにディスクを挿入したら、とつぜん画面にふとった老人が登場してアコギをかかえてブルースをやりはじめたのだから衝撃だ。むりにたとえるなら、表紙が18歳くらいの女の子なのに中身は50歳くらいのおばさん(しかもセーラー服)というエロ本が三十年くらいまえによくあったけど、あれをみる衝撃とにている。ひとことでいって「愕然」というかんじである。テレビにむかってあんぐりとくちをあけたまま「いつのまにザックワイルドはこんなことになってしまったんだ?」と目に涙がにじんできた。そのちょっとまえにイエスのさいきんのライブのDVDをかりてきて、スティーブハウのあまりの老人ぶりにやっぱり愕然としたばかりだったので「ザックよおまえもか」とテレビをかかえて大泣きしたくなってしまった。ザックだスティーブだといわれてもなんのことかわからないひとにはぜんぜんつたわらないかもしれませんが、たとえば松浦亜弥のビデオをかりてきてみはじめたら天童よしみだったら、そりゃびっくりするでしょう? 年齢的肉体的音楽的なあまりの相違に、いつのまに松浦亜弥はこんなことになってしまったんだとおもうでしょう? さすがに松浦が天童だったらすぐに気がつくかもしれないけど、ザックワイルドじゃわからない。しょっちゅうみてるわけでもないし、そんなとくべつよくしってるわけでもないから、さいしょは気がつかなくて、ただひたすらにおどろいた。でもすこしみているうちに、いくらなんでもこれはありえないだろうとおもいはじめて、そうしたらそのうちメンバー紹介とかをやりだして、それでやっと、これはピーターグリーンていうひとのライブなのだ、ぜんぜんちがうひとなのだ、と了解した。ピーターグリーンてじつはだれなのかしらなかったのだが、フリートウッドマックのギタリストだったひとらしい。おしまいのほうで「グリーンマナリシ」をやっていた。むせかえるほどの「あの頃」で、容赦なく煙を吐いているみたいな「あの頃」っぷりで、これにはしびれた。おちついてピーターグリーンをみてみるとこれはこれでなかなかたのしく、いちおうさいごまで観賞してからレンタルビデオ屋にもっていき、こんどこそザックワイルドのDVDとかえてもらった。やっぱりパッケージと中身があべこべになっていたらしい。なんでこういうまちがいがおこってしまったのかはしらないけど、レンタルビデオ屋もなかなかやるものである。次回は「エイリアン対プレデター」をかりてきたら中身が「フレディー対ジェイソン」だったというのを希望します。
●余談1 しかしするってことはピーターグリーンのつもりでかりてきたら中身がザックワイルドだったという場合もあったわけで、もしかしたらそっちのほうが精神的被害はでかかったかもしれないとおもいました。ちょっとわらえるけど。
●余談2 ザックワイルドっていうのはオジーオズボーンのところでギターをひいてたひとです。そういうのと関係のないじんせいをおくってきたみなさんはひとまず「ヘビメタ」ということでひとくくりにしておけば問題ないです。あの、髪をでれでれと伸ばしてウゲーとかモゴーとかわめいてる、あのひとらです。

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June 06, 2005

松浦亜弥を総理大臣に任命せよ

理由。
●松浦亜弥が総理大臣だとおもうとなんか勇気がでる。やる気もでる。「国民のみなさああん。まつうら、あやでえええす。きょうもいちにちさいごまで、盛り上がっていきましょおおお」とかまいにちやってくれたら、まいにちその気になれる。そしてみんなうはうはとがんばる。
●中国のひとが小泉の写真燃やしてたりしてたけど、松浦亜弥なら燃やせない。
●「国会中継=松浦亜弥のライブ」になるのでたのしい。国会議員がみんなして「スラーッシュ」とかやってるとわらえる。
●とにかく松浦亜弥はえらい。日本でいちばんえらい。いちばんえらいひとに総理大臣をやってもらうべきだ。そうだろう?

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H氏の話

ばかめ! おまへみたいな下劣な穿鑿好きがゐるから、私まで、むきになつて、
こんな無智な愚かな弁明を、まじめな顔して言はなければならなくなるのだ。
                   『俗天使』太宰治

 10年以上もまえになるんだけど、ミニコミみたいなのをつくったことがある。パソコン通信のBBSのなかまたちで、原稿はメールであつめて、挿し絵なんかもメールでおくってもらったりして、そういうのをレイアウトして印刷してさらにコピーをして一冊の本にしてみたわけである。読者もまたBBSのなかまたち限定だった。なぜわざわざ紙に印刷する必要があるのか、いまからするとちょっとヘンにおもえるかもしれないけど、とうじはパソコンやモデムの性能がいまひとつで、BBSに書きこみをするときも、長文はなるたけさけるという原則が、なんとなくだけどたしかに存在していた。よむのがめんどうくさいという理由からじゃない。単純に、ダウンロードに時間がかかるからである。電話代がかかるからである。迷惑だからである。いまみたいに、ページを表示させると画像も文章もいっきにスパっと表示されるなんてことはありえなくて、そのころは、5文字とか10文字くらいずつ、まるで淋病のときの小便がたれるみたいにポタリポタリと間歇的に表示された時代だ。なんだかおもいだすと夢みたいだ。そんな時代がついこないだまでたしかにあったのだ。そのとうじは、たとえばこの文章なんかでも、ここまでかいただけでそろそろもう長文の部類だった。これくらいでもう、BBSにかきこむにはためらわれるような部類だった。そんな状況じゃこみいった話はなかなかできない。ビにいりサイにわたってコクメイに記述するなんてことはできない。でも、たとえばひとにはみずからの半生記をメンメンとつづってみたいという欲望にかられることがある。…ないか。とにかくあったとして、でもそんなのはとうぜんBBSにはかきこむわけにはいかない。迷惑だからだ。ひとことですむ半生ならいいが、メンメンとつづられたひには大迷惑だからだ。だが、オレの半生はもちろんひとことなんかじゃすまない。この半生記はどこで発表したらいいのだ。オレの半生をどうしてくれるのだ。なにか方法はないのか。そうだ、それならいっそ、だれかのところにあつめてまとめて印刷してしまえ、というのがそもそものはじまりだったような気がする。気のせいかもしれない。たんに「ヒマだから」というのが真の動機だったような気もする。そっちのほうがほんとのきっかけだったような気はすごくする。なんでそんな話になったのか、はこのさいどうでもいい。とにかくそれははじまったのだ。原稿を募集してみると、いろいろとわけのわからないモノがあつまってきた。ほんとに変態の方向につっぱしってしまったモノだとか、あたまのまわりでチューリップがくるくるまわっているみたいなモノだとか、泣き濡れてぢっと手をみているみたいなモノだとか、そんなのである。そのような百花繚乱の、盆と正月がいっしょにきたような、編集者冥利につきるというか、本音をいえばハダシで逃げ出したくなるような原稿群のなかで個人的にひときわ異彩をはなっているようにみえたのはH氏の原稿である。いや、それはほんとうは原稿ではない。そのミニコミに掲載されるのを目的としてかかれたものではない。H氏は、そのミニコミに掲載したい文章をかこうとして、しかし結局はかけなかった。なぜかけなかったのか。その理由というのをエンエンとかいて送ってきたのである。めんめんと、せつせつと、魂に訴えかけてくるようなやつをかいて送ってきたのである。そいつがまた、たいへんなパワーなのだ。こんな業務連絡みたいな内容の文章にこれだけのパワーをついやすのなら、それを本来かこうとしていた原稿にむければいくらでもかけるんじゃないか、とだれもがつっこまずにはおれないようなすさまじいパワーである。しかもながい。そもそもこういう内容の連絡であるのなら「書けませんでした」の一言ですむとおもうのだが、なぜかH氏はエンエンと「わたしは書きたかった。書けるとおもったのだ。じっさい書こうとしたのだ。けれども書けなかった。書けないのだ。苦しい。だが、書けないのだ。わたしは自分が情けない」みたいなことを、こういっちゃなんだがかなりノリノリでうったえてくる。よんでてオレは感動した。感動して、H氏には申し訳ないのだが、それをそのまま掲載した。「けっきょく書けませんでした」という弁明の辞をそのまま印刷した。個人的にそこのところはだいすきなページである。それこそ「額にいれて飾っておきたい」ようなページである。なんていうか、その謝りっぷりが、よむひとのこころをうたずにはおらないのだ。それは、傑作である。そうおもうのはオレだけかもしれないけど。そんで、このミニコミが号をかさねることになって、とうぜんオレはまたH氏に原稿依頼をしてしまうわけである。「前回は残念でした。しかし、次号こそ。次号こそっ。魂の玉稿をお願いしますっ」みたいなメールを送ってしまうわけである。内心では、たぶんまたH氏はかけないだろうな、とおもいつつ送っちゃうわけである。H氏も「いちおうがんばってみます」みたいな返信をくださり、「こんどこそっ」とダメ押しメールをおれも送りかえしてしばらく待っていると、来た来たあんのじょうH氏から「また書けませんでした」。しかもまた魂の長文だ。こうなってくるともう、「ねらってやっているのか?」とうたがわずにはおれないような流れである。でもたぶん、H氏はねらっているわけでもなんでもなくて、ほんとにちゃんとかこうとしてくれて、もがいてみたけれどでも結局はかけなかったのだとおもう。そのことがひしひしとつたわってくるメールである。力作である。だーかーらー、こんなメールにそこまでエネルギーをつかうんなら、それを原稿にむけてくれよー、そうすりゃいくらでもかけるじゃんかよー、とオレなんかはおもってしまうわけだけども、なかなかそうはいかないのであろう。んで、こんなふうにひっぱられてしまってはオレも編集者魂に火がついてしまう。こうなったらもう、先生になにか一本モノにしていただくまではもうワタシはぜったいにこの場から離れませんからねっ、みたいな気持ちになってしまう。その後もミニコミはしばらくつづいて、そのたびにH氏にはおねがいをしていたのだが、しかし、けっきょくH氏からの原稿はもらえず、やがてミニコミそのものが消滅してしまった。ノータリン印刷物のこれが宿命であるというふうに。H氏の原稿を掲載するまえに、われわれのまえから消えさってしまった。ていうか、いまにしてかんがえれば、H氏は最高の原稿を送ってくれていたじゃないか、とおもう。じっさい、H氏からの「また書けませんでした」を毎回オレは楽しみにしていたわけだし、それをよむオレはまさに愛読者そのものだった。オレだけかもしれないけど。でも、すくなくとも、オレはおもしろかったっす。Hさん、感動をありがとう。そんなまとめかたじゃだめか。ええと。ともかく、あのときのやりとりはたのしかったですよ。そしていつか、ほんとに、ほんとの原稿をよませてもらえたら、とひそかに願っています。Hさん。そいつをよむまえからオレはあなたの愛読者です。

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June 04, 2005

だれかコーラをコークとよんであげたやつはいるのか

きょうもまたヒマをもてあましてしまったので、土浦にできたという激安の殿堂ドンキホーテにニョーボといっしょに意味もなくでかけてみたのであった。用事はまったくない。たんなるドライブがてらの物見遊山である。ヒマにもホドがあるとじぶんでもおもうが、じっさいヒマなんだからしょうがない。そんで、じっさいにいってみて気づいたのだが、あれってみなさんドンキってよんでるじゃないですか。でもただしくいうと「ドン・キホーテ」なので、ドンとかキホーテというならわかるんだけどドンキはおかしいじゃないですか。そうおもいませんか。おれはおもう。そんなことでいいのだろうかとおもってたんだけど、じつはそもそもドンキホーテ自身がみずからをドンキとよんでるんです。世間もまたそうよぶようにしむけてるみたいなんです。ドンドンドンキ〜などとのうてんきな歌までえんえんと店内にかかってるし。なんてこったい。だってきみはあくまでドン・キホーテなのであって、ドンキ・ホーテではないじゃないかとわたしはつよくだれかに訴えたい気もちになりましたが、すぐにどうでもよくなりました。もうなんだっていいや、という気分になりました。ひとをそういう気分にさせるなにかがあそこには充満してるみたいです。ちなみにわれわれはドンキにでかけようと出発したものの、じつは正確な所在地はおたがいまったく把握しておらず、テキトーにいってみりゃあるだろくらいの気分でいってみたら案の定道に迷い、土浦市内をえんえんとさまよったあげくびっくりドンキーの看板をみて「あれとはちがうよな」「たぶんちがうやろ」と語り合ったり、やっと看板をみつけていってみたら中古車屋ドンキホーテだったという、とんでもなく低レベルなギャグをしかし本気でかましてしまったのがほんじつのささやかなエピソードです。そんで、ドンキはまだほんにんもドンキといってるくらいだからいいとして、おれとしてはどうしてもゆずれなかったことがあります。マクドです。なんだマクドって。マックだろそれ。マックにきまってんだろ、とつねひごろからくちをすっぱくしておれが主張しているにもかかわらず、いまだにニョーボはまったく認めません。マクドにきまってるやろ、とその一点張りです。きょうはドンキのことでなにかフにおちないものを感じていたこともあり、かえりの車中でマクドナルドの看板があるのをみて、あれはマックだろう、となんどめかの論争をニョーボに挑んでしまいました。だってあれはマクドナルドであるのだから、エムシードナルドであるのだから、とうぜんマックであるべきだと、これまでもなんどいいきかせてきたかわからない正論をきょうもまた展開したのですが、ニョーボはまったく聞く耳をもちません。マクドにきまってるやろ、と、それでおわりです。リクツもなにもありません。じゃあなにか、肉豆腐なんかもきみはニクドというのか、ときくと、ニョーボは一瞬だけうっと言葉につまったようでしたが、そんならジブンは肉豆腐を「ニック」とよぶんか、と、こうです。ああいいよ、それでなんの問題もないじゃないか、じゃあこれからおれは肉豆腐を「ニック」とよぶことにするよ、とこたえると、ニョーボも「じゃあわたしもこれからはあれをニクドとよぶで」と応戦し、話はこじれるばかりです。これまでマクドナルドだけの問題であったのが、これをさかいに肉豆腐までまじえた大問題に発展し、いまだに解決のめどはたっていません。でもおれは、どうしてもこれだけは、なぜかゆずれないんです。たいていのことはニョーボにゆずってきたつもりです。でも、どうしても、マックだけは、だってあれをマクドといってしまったら、そうしたらもう関東人のアイデンティティーというものはどこにもなくなってしまう気がするんです。関東のさいごのトリデというか、よりどころというか、これまでなれしたしみ育んできた関東文化というもののいっさいが失われてしまう気がするんです。わたしはこの件については、とにかくさいごまでたたかうつもりです。徹底抗戦あるのみです。つうかマックだろ。それ。

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ソ-巨

 きょねんのプロやきうの再編問題っていうんですか、あれは大騒ぎしていただけあって、ことしはなんだかわけのわからないことになっています。いまもふとテレビをつけたらソ対巨の試合をやっていて、とりあえず「ソ」ときくとソ連をおもいだしてしまう年代なので、ソ連対巨人戦か、すごいな、といっしゅん感心したあと、いやソ連てもうないよな、じゃあソってなんだろう、とかんがえこまねばなりませんでした。大変です。オヤジもいろいろとよのなかの流れについていくのに。ソはソフトバンク。ソ連じゃない。ソ連はもうない。記憶記憶。セイロンはスリランカ。ビルマはミャンマー。サイゴンはホーチミン。そのたいろいろ。そういえばしばらくまえに、おれが中学時代につかっていた地図帳をみたら「イラン帝国」というのがあって、「うわ、まだ帝国なんてのがあったんだよ」とわれながらびびってしまいましたですよ。昭和は遠くなりにけり。

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June 03, 2005

タイトルさえおもいつきません

 詩をかくというのは、ある精神状態を持続させることであり、いまのおれにそれがむずかしいのは、おれには外の世界があるからである。詩の外の世界である。たとえばおれには会社というものがあって、げんざいそこでおれはメダカをかぞえる仕事をしている。テトラカウント課。それがおれの所属している部署の名称だ。おれの会社の正面玄関をはいったすぐのところに熱帯魚の水槽があって、そこには100匹をこえる熱帯メダカがいる。それを数える。容易なことではない。やつらはひとつところにとどまってじっとしていることができないいきものである。あさの九時からゆうがたの五時まで、おれはこいつらを数えつづける。なんどだっていうが、容易なことではない。神経をすりへらし、へとへとに疲弊する。こんな状態でいえにかえったところで、どうして詩がかけるだろう。ぬくぬくした自宅のキッチンのテーブルに原稿用紙とエンピツを用意して、世界を表現する一行を発見するためにきもちを統一したとして、その精神状態を二週間も三週間も持続させるのは不可能だ。そういうことをさせてもらえたなら、もしかしたら、その一行がみつかるのかもしれない、けれどもある晩にそのきれはしをつかんだ気がしたとしても、よくあさには会社にいかなくちゃならない。メダカをみつめなくちゃならない。そこでおれはすっかりと気もちをきりかえることになって、まえの晩になにをかこうとしていたものか、内容はおぼえていられても、きもちをとりもどすのが困難になっている。おれはいま、同人誌で発表するための詩を、原稿用紙で二十枚ぶんの詩をかこうとしている。『季刊赤オーラ大』という詩の同人誌で、そこの同人にむとうさんというとしごろのむすめがいる。おれはむとうさんがすきだ。おれはむとうさんをたらしこみたい。おれはむとうさんと夫婦になりたい。それがむりでもいっかいはやらしてもらいたい。それがむりでもいちどはおっぱいをなぜさしてもらいたい。そういった動機でおれは『季刊赤オーラ大』の同人になった。ここでだれもがどぎもをぬかす詩を発表して、みなの尊敬をあつめ、そうしてむとうさんをくどく予定だ。だがその詩がかけない。かんじんかなめの詩がかけない。どうしてかけるというのだ。こんなにへとへとにくたびれて。いまのおれに必要なのは安寧だ。やすらぎだ。ひらたくいうと睡眠だ。それをけずって明け方ちかくまで原稿用紙と格闘をし、夜があければ会社にいってメダカを数える。睡眠不足の充血した目をこすってメダカを数える。ちかごろでは目がぐるぐるとまわってちっともはかどらない。それでも数える。いよいよ目がまわる。目をまわしたままゆうがたになればいえにかえり、原稿用紙のまえでうなる。なんにもでてこない。睡眠だ。睡眠が必要なのだ。だがねむっているひまはない。締め切りがちかい。メダカも、詩も、むとうさんも、どれもが絶望だ。苦しい。こんなに苦しんでも原稿用紙は白紙のままだ。表題さえうかばない。なにもでてこない。おれのじんせいは忘れられた詩人の忘れられた一行だ。いや、詩人になれさえしなかった男のだれにもきかれなかったつぶやきだ。無為だ。徒労だ。消耗だ。締め切りがちかい。ああむとうさん。あなたがすきだ。

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